酒井五郎さんの『新宿Pit-inn、渋谷BYGはおれが創った』を読み直していて、雑誌『銀座百点』の名が思い浮かんだ。酒井さんが作った『新宿百店』→『銀座百点』という発想。『新宿百店』は『銀座百点』を真似て作られた。
『銀座百点』はいまも出ているのだろうかと思って検索したら、すぐにHPにたどり着いた。トップページの挨拶文が下記。「ない知恵を絞って」と書かれているところが、何となく気に入った。
「銀座百点」は1955年(昭和30年)に創刊されました。
銀座のかおりをお届けする雑誌として、情報だけでなく、銀座の文化を表現することにポイントを置いて編集しています。
中でも各界の有名人によるエッセイ、座談会は読み応え十分です。
創刊号から久保田万太郎、吉屋信子、源氏鶏太ら著名なメンバーが執筆陣に加わり、その伝統は現在まで受け継がれています。
また、小誌の連載からは向田邦子「父の詫び状」、池波正太郎「銀座日記」、和田誠「銀座界隈ドキドキの日々」などベストセラーがたくさん生まれています。
女性スタッフが銀座じゅうを歩き、アンテナを張り、ない知恵を絞って毎月の企画をたてています。
銀座の街で、ぜひお手にとってお読みください。(『銀座百点』HP https://www.hyakuten.or.jp/)
『銀座24の物語』という1冊
銀座百店会のPR誌であるこの雑誌をいちばん熱心に読んだのは、『父の詫び状』が連載されていたころだろう。調べてみると連載が始まったのは1976年で、2年後には単行本化されている。ということは、その2年間に何度かは目を通したことになる。銀座にある広告代理店に友達が勤めていて、そのころは何かと銀座へ出かけた。たいていは松屋裏の和菓子店(名前は忘れた)の喫茶コーナーで会い、そこに置いてあったのを読んだのではなかったか。
というようなことを思い出したのは、たまたま図書館で『銀座24の物語』という1冊を読んだからだ。『銀座百点』に掲載された24人の作家による短編を集めたもので、2001年に文藝春秋から出ている。すべての作品が当然ながら“銀座”をテーマに書かれていて、文芸誌のアンソロジーでは出ないだろう味がある。
ただし、質は粒選りかというと、そうでもない。藤沢周「Coffee and Cigarettes 3のトム・ウェイツについて」に惹かれて読み出したのだったが、これはつまらなかった。椎名誠「銀座の貧乏の物語」、大岡玲「銀座の穴」もつまらなかった。全部読んだわけではないが、なかで強く引き込まれたのが、皆川博子「迷路」だった。
方向音痴の女性画家がやっとの思いで展覧会の会場までたどり着く話。引っ越したばかりの家に戻れなくなった子どものときのエピソードから始まるが、これが物語全体の暗示になっていて、迷いつつ画廊を目指す語り手の脳裏に去来するのは、自分が生まれた一家の崩壊の顚末だ。画家を志したが許されずに銀行に就職した弟の自殺、母の病気による早世、外に女を作った父……といったことが、人に道を尋ねるように淡々とさりげなくとぎれとぎれに描かれていく。現実の路上ではなく、人生の道筋を見失った女性の独白といえばいいか。ちょっとせつないけれど、現実から空想の世界へひょいとまたぐようなラストの数行にも心を奪われた。
皆川博子さんは児童文学から出発し、のちにサスペンス系のミステリ〜幻想小説、時代小説に転向した人だが、僕は今回が初読。いや、前に『写楽』を少し読みかじった気がするが、何も覚えていない。この1作を読んだかぎりでは、人の心理を描くのに長けている。この人の父親は心霊術の著名な研究者だそうだから、血筋というものか。
おっと、いま思い出した。例の和菓子店の名は「清月堂」だ。


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