2026年5月1日金曜日

桑原一世『クロス・ロード』再読

 


 先に逝ってしまった人を想うことの多い毎日だが、シャルル・ルイ・フィリップの『小さな町』を読み返していて、「クロス・ロード」という言葉がぽっと思い浮かんだ。亡き桑原一世さんの一作のタイトル。すばる文学賞受賞作だ。受賞を祝って渋谷の「三漁洞」に集まったのは、あれは1988年の1月だったか、2月だったか。

 38年も前のこととあって、記憶は薄れている。三漁洞の玄関口で参加者全員が祝いの言葉を贈ったと思うが、誰がそこにいたのかは全く思い出せない。ただ、心の底から祝う気持ちでいたことだけは、いまも記憶の隅にとどまっている。


 思い出したがグッドタイミング。早速、『クロス・ロード』を読む。実に38年ぶりの再読となる。

 

 改札をぬけ、銀座通りを足早に通りすぎると、ぼくは交差点で立ちどまった。左手に渡れば、なだらかな丘陵地帯があり、ぼくの家がある。右手に渡って少し歩くとラブホテルの並ぶ幅広のドブ川があり、その先をさらに行けばコンクリートの堤防の向こうに海が見える。


 最初の1行からすっと呼び込まれた。文章のリズムが心地良い。そうして、リズムにうながされるように段落から段落へと視線はスピーディーに移る。作家があちこちにまぶしたユーモアに心ゆさぶられながら。


 浴槽の中で、ぼくのチンポコは海草に包まれた沈没船だ。人類の歴史をつくる子孫が何億人も乗っているのに、魔のバーミューダ海域に沈んでしまった。クラスの誰かがマザコンはインポテンツになると言っていたが、ぼくのも役立たずになるのだろうか。ぼくはぐにゃぐにゃのチンポコの先を湯比でつまんで天井に向けた。さぁ、立て。しゃんと立って、人類の子孫を吐き出せ。


 38年も経って、作者の文章表現の巧みさをあらためて確認した。ブラボー!


桑原一世(北中幸子)さんをめぐる心残り

 桑原一世こと北中(藤堂)幸子さんは、1960年代末期からの友人である。伴侶である北中正和さんのアパートを訪ねたときが、最初の出会いだったと思う。下北沢の住宅街の片隅の6畳1DKで、入ると幸子さんが何やら壁に飾りつけをしていたのを思い出す。生き生きした空気が部屋を満たしていた。貧しいけれど、幸福感がいっぱいだった。


 その後30数年間あまり、北中夫妻と僕はもっぱら酒席をともにする仲になっていくのだが、いま振り返ると心残りがある。

 1998年の年末か翌年の年初だったと思う、青空文庫で公開していた桑原一世名義の論考「人間の基本―いじめっ子はなぜ生まれるか」について話がしたいということで家に呼ばれた。軽い気持ちで行ったのだが、実際の面談はぎくしゃくした運びになった。彼女が論考のある部分について僕に意見を求める。すると、僕は否定的な見解を述べる。その繰り返しになった。そして、それが1時間ほど続いたところで、長い沈黙がはさまれた。ほどなく、一世さんは黙って部屋を出て行く。突然の面談の決裂だった。


 北中幸子さんが逝ったのはそれから6〜7年ののち、2006年2月28日のことである。肺癌の闘病を数年続けての最期だった。

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