何かのひょうしに子供の頃体験したことをふっと思い出すことがある。
記憶というのは妙なもので、大事なことはたいてい忘れている。そのかわり、何の役にも立ちそうにないことがしっかり刻まれて定着していたりする。
小学生時代のことで思い出すのは、浅草の浅草寺の境内で大道芸ふうに演じられていた「空手の瓦割り」に引っ張り出されたことである。ぼんやり見物していたら、不意に「空手の小父さん」が近寄ってきて、手を引っぱる。そのまま、何十人かが取り巻く輪の中央まで出て行った。
小父さんが小声で耳打ちしたことをいまでも覚えている。
「いいか、坊や。息をとめるんだぞ。とめたままエイヤッと手を振り下ろす。そうすりゃ、瓦は割れる」
そのとおりにした。真っ二つというわけにはいかなかったが、瓦の面積の3分の1くらいが割れて飛んだ。周りからは「ホホーッ」と感嘆の声があがった。しかし、手がとりたてて痛くなかったことからすると、あの瓦はよほどやわらかくできていたのにちがいない。あるいは、最初からひびを入れてあったか。
その頃の浅草寺境内にはこの種の人たちがたくさん見せ物芸を提供しながらものを売っていて、空手(これが何を売るものだったのかは、どうしても思い出せない)の隣には「ガマの油売り」がいた。刀で紙をどんどん小さく切っていき、最後に自分の腕の皮膚に切り傷を入れ、ガマの油を塗って効用のほどを示すという、例のやつである。
僕はどうもボーッと突っ立っている子供だったらしく、このガマの油売りにも引っ張り出されそうになったのだが、これは逃げた。空手の次に腕に切り傷までつくられてはたまらない。
しかし、その後、薬屋というのによくわからない親しみを覚えるようになったのは、どうもこのガマの油売りの印象のせいではないかという気がする。見せ物芸は見ているだけでおもしろかった。その上、痛い傷をちゃんと直す薬まで売ってくれる。薬屋というのはなんて素晴らしい仕事なんだ、なんて素晴らしい人たちなんだ、というわけである。
古川豪の「絶望と希望」という歌
京都の新大宮商店街にかつてイスズ薬局という薬屋があった。店主の名は古川豪。フォーク・シンガーとして知られるあの古川豪だ。
大手のドラッグストアの進出などの影響を受け、7〜8年前に店じまいしてしまったが、あれは1998年の夏、ライブハウス拾得恒例の七夕コンサートを観に行った折りに一晩泊めてもらったことがある。
昼頃に店に着き、売場で何かの説明を受けていたときだ、まだ小さな男の子を抱いた若い母親が入ってきた。子どもが便秘で、浣腸が欲しいという。
僕は店の隅で店主と客のやりとりをぼんやり聞いていたのだが、浣腸の使い方についての古川君の懇切丁寧な説明にびっくりした。説明は20分ほど続いたのではないか。そうして、説明が終わって受け取った代金は200円かそこらだったと思う。薬屋という商売の大変さを感じた。と同時に、古川君は片手間に商売をやっているのではない、本物の薬屋なのだと認識を新たにした。
元薬屋で歌手、さらにはバンジョーの名手でもあるその古川豪に「絶望と希望」という歌がある。2001年9月11日にアメリカで起きた同時多発テロとその実行者の心の動きを歌った1曲で、2003年にオフノートからリリースされた反戦抵抗歌集CD『瓶のなかの球体』(http://offnote.org/SHOP/ON-45.html)におさめられている。
反戦歌の一種ではあるが、テロリストを一方的に非難する歌ではない。むしろ、テロリストに寄り添うようにその内面の心理と動きを活写する。
同時多発テロから25年、一転して今度はアメリカがイランを爆撃している。そんな時代の今だからこそ多くの人々に聴き、感じとってもらいたいと思う1曲である。


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