2026年3月16日月曜日

農村の歌、タイの仏教

 

 タイの作家ウイモン・サイニムヌアンの長篇『蛇』を読む。原書は1984年に、邦訳は1992年に出されている。いまとなっては入手不可能だろうが、僕は図書館で借りた。

 素人目で見てもプロットに難があるし、登場人物にしても悪人はあくまでも悪人という紋切り型。しかし、魅入られるようにして読んだ。


 農村を舞台にした小説で、欲にとりつかれた村長と寺の住職の行動が生々しく描かれる。時間がゆったり流れる農村といえどもまぎれもなく現代の一部分であり、そこがすでに「背徳の場所」であることが、ある種の痛さをともなって伝わってくる。

 とりわけ、ひたすら「来世」の幸福を願って寺に寄進するまずしい老婆の姿が哀しい。親はやはり親だというだけで、結局はその老婆の空しい行為を押し止められずにいる主人公の姿がまた哀しい。


「輪廻」を悪用する退廃

 タイの仏教は小乗仏教である。

 小乗仏教は「輪廻」をその基礎に置く。車輪が回転するように、衆生は三界六道を流転し、生成と消滅を繰り返すという思想である。

 これを悪用するとどうなるかということが、『蛇』の主題の1つになっている。「来世のためだぞ」と言いくるめては貧乏人からなけなしの銭をふんだくり、かくして寺はひたすら肥るのである。

 読み終えると、仏教にも農村にも未来はないという実感におそわれるが、それは決してあってはならないことだ。仏教はともかく、農業が衰退すれば人間の社会は確実に破滅へと向かう。


 古い話で恐縮だが、豊田勇造が歌う「ブンミー」が思い出される。ブンミーとはやはりタイの農民の名前で、こちらは実在の人物。森を切られたために水が不自由になった土地で生きる彼もまた、『蛇』の主人公と同じく、苦闘しつつ生きる典型的な現代の農民である。

 しかし、どんな悪条件のもとにあっても、ひび割れた大地に水を導こうとする彼は、いわば農業の原点に立つ。その心がやがては次代の農を開くはずだと思いたい。

 「ブンミー」はCD『マンゴーシャワーラブレター』(1993年 ビレッジプレス http://toyodayuzo.net/discography/disc_mango.html)で聴ける。

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