2026年3月4日水曜日

ジミー・ギャリソンの思い出

 



 アメリカ時間で今日3月3日は、ジャズ・ベーシスト、ジミー・ギャリソンの誕生日。彼は1933年3月3日生まれだ。「3」が並んでいる。

 ギャリソンとは、一度だけじかに話をしたことがある。1966年7月22日、ジョン・コルトレーンの来日公演の東京シーンをしめくくる有楽町ヴィデオホールでのオールナイト・コンサートがあった日だ。

 その日、ギャリソンは神保町にあったジャズ喫茶「響」にやって来た。事前にそのことを知らされていたのだろう、僕もその場にいた。ギャリソンは酒好きだった。それで、「響」オーナーの大木俊之助さんは熱燗の日本酒をふるまった。僕もご相伴にあずかった。すると、時刻が来て店を出ることになったとき、ギャリソンが僕に言った。「君も一緒においで、コンサートに」僕らは店を出て、タクシーに乗り込んだ。

 車中の会話がいまも記憶に残っている。風が強い日で、車の窓外にはゴミが吹き飛ばされていく様が見える。僕は言った。“Tokyo is a dirty city”瞬時に彼が言葉を返した。“Ooo! dirty?!”僕の言い間違いである。dirtyではなくdustyのはずだった。


血をにじませながらベースを弾く

 その夜のコンサートは凄かった。コルトレーンは小さな打楽器をいくつもいれた袋を手にステージに現れ、それら打楽器を叩きならしながらサックスを猛烈に吹いた。その背後にいるジミー・ギャリソンはといえば、これまた必死の表情でベースを弾く。ステージの直下の席にいた僕の目には、彼の手に血がにじんでいることがはっきりと見とれた。

 けっして健康体とは思えない、コルトレーンの疲れ切った表情とともに、その様子が60年経ったいまも記憶に鮮やかだ。事実、それから1年後にコルトレーンは逝った。


 コルトレーンの享年は40。あまりにも早過ぎる死だった。

 コルトレーンだけではない。バックをつとめたジミー・ギャリソンも早世した。彼が世を去ったのは1976年4月7日。わずか43年の人生だった。

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