2026年3月12日木曜日

本の中での出会い

 


 エッセイ本を読んでいて、思いがけない名に出会うことがある。今日は、新聞の連載コラムをまとめた『山口瞳/酒呑みの自己弁護』。「ハモニカ横丁」と題された回にこんな記述がある。

「昭和二十一年九月に、前に書いた小さな出版社に入社した。十九歳だった。

 そのときの社員は、いま岩波書店の重役になっている元山俊彦さんと私の二人だった」

 元山俊彦さん……何十年ぶりで聞く名だろう。僕が岩波書店を辞めた1971年だとすると、55年ぶりか。


人好き、世話好きの元山さん

 初出の表示がないので正確にはわからないが、このコラムが書かれたのはその翌年1972年と思われる。ここでは元山さんを「重役」としてあるが、これは違う気がする。71年に僕が社を辞めたとき、元山さんは編集副部長だった。それからわずか1年で経営幹部になるとは思われない。どうでもいいことだが、そう思う。

 ただし、元山さんが岩波書店という会社を代表する社員の一人であったことは間違いない。けっして大柄ではないが、目立つ人だった。声も大きかった。コラムにもこう書かれている。

「いまから思うと不思議なほどに元山さんは親切に面倒をみてくれた。体つきは細いけれど腕っぷしが強そうで、豪傑の感じがあった」


 71年の夏のある日のことが甦ってくる。

 昼時だった。僕は何かの用事で神保町にいた。食事をすべくすずらん通りを歩いて、店を物色していた。すると、通りの向こう側から突然声が響いた。「浜野君、浜野君! 元気にしてるかあ!」

 その声の主が元山さんだった。


 元山さんは会社組織の上では上司であるが、直接仕事を共にしたことはない。それなのに、会社を辞めて数か月経つ元社員に声をかけてくるのは、氏が根っからの人好き、世話好きだからである。入社して間もない頃から、廊下などですれ違う度に何かしら話しかけられた。叱られたことはない。いつも頑張れよという激励の言葉だった。

 それから55年。とうに鬼籍に入られたと思うが、元山さんのようなタイプの人物は、現代ではごく稀少な存在となっているかもしれない。

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