大谷祥平のMLBでの活躍が話題をさらうようになった2019年頃からだろうか、ダッグアウトのベンチで向日葵の種を口に放り込む選手の様子がしきりに取り上げられるようになった。いわく、向日葵の種は選手の試合中の栄養補給剤だ、と。
実際には彼ら選手は出番を待つ間の暇つぶしに食べているだけなのだが、何十年も前から向日葵の種を好んで食べてきた僕のような人間にとっては嬉しい話題ではあった。
酒飲みなら、いやそうでなくても、向日葵の種が酒のいいおつまみであることは知っているだろう。酒場に置いてあるのは塩味のきついものだが、こいつはテキーラによく似合う。
30代だから50年近く前の昔、新宿ゴールデン街によく出かけていたころ、テキーラが飲みたくなったときにだけ入る店があった。テキーラが飲みたくなるのは体調のいい日に決まっているので、どうしてもピッチが上がる。テキーラはドライそのものの酒だが、4杯、5杯とグラスを空にしていくと、だんだん自分の体がウェットになってくるのがわかった。
もうすぐ79歳を迎える今はテキーラのような強い酒はとても飲めないが、あの味わいと飲み応えはいまも記憶深くに残っている。
テキーラのようにドライでタフな音楽
ゴールデン街のあの店では音楽がかかっていたろうか、とふと考えてみる。何も音はなかった気がする。いや、有線の部類がかかっていて、それがあまりにも日常的な雑音であるために、記憶に残っていないのかもしれない。
酒と音楽とはいい連れ合いどうしだが、テキーラのようにドライでタフな音楽。そう考えるときに思い浮かぶのは、アート・アンサンブル・オブ・シカゴの『Full Force』(ECM)をおいてほかにはない。1960年代後半から70年代にかけて生まれたニュー・ジャズはいま聴くと大半が古くさくて辛気くさくてかなわないが、このアルバムに限ってはいまも新しく刺激的である。とことん深い音楽は時代を越えるという証明である。ただし、聴くこちらは耳の病で存分に聴き取ることはできない。無念、残念。
いつだったか、およそ20数年ぶりでくだんのテキーラの店に出かけたことがある。店は昔と変わらず、ただママさんがだいぶお歳を召しただけだった。入ると、すぐにテキーラを注文した。
「いまはもうテキーラなんて置いてないのよ」
と、ママさんはドライな口調で答えた。



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