夜明け間もない銀座を歩いたことが、過去に何度かある。古く1960年代の半ば頃のことだ。多くは、オールナイトのジャズイベントが明けての銀座歩きだった。
記憶に残っているのは、店じまい後に飲食店が出しておいたものなのだろう、あちらこちらに放り出された生ゴミの発するむせるような臭いである。
丁寧に片づけることなど全く意に介していないらしいそれらのゴミの山は、銀座が「経済活動だけの街」になってしまったことを物語っていた。そこが生活の場であるなら、誰だってもう少し環境を大切にするだろう。
今は少しは改善されているか。
銀座で生まれ育った人たちは、過去にはたくさんいたし、現在でももちろんいる。
出かけることはもうなくなったが、テレビのニュースなどで銀座が映し出されたときにふと思い出すのは、銀座のおでん屋「お多幸」に生まれ、この街を終生愛した俳優の故殿山泰司である。
この人はジャズのガイキチだった。いくつか本になった「日記」の部類を読むと、あきれるほど足まめにコンサートやライブに出かけていく様子が記述されている。
1960年代後半から70年代はじめにかけては僕もかなりの頻度で彼が好きだった(当時でいう)ニュー・ジャズを聴きに行ったが、一度も同じ場に居合わせたことはない。関心の対象が微妙にずれていたからだろうか。
神田駿河台下のジャズ喫茶「イトウ」
『JAMJAM日記』(ちくま文庫)に上野池の端仲町通りのジャズ喫茶「イトウ」の名前が出てくる。ジャズ喫茶といっても音は小さくてまあBGMのようなものだったのだが、コーヒー(ブルーマウンテン)がおいしいという噂を聞いて何度か入ったことがある。どことなく昔風の、妙に落ちつける店だった記憶がある。
そのイトウの姉妹店がかつて神田駿河台下にあった。上野の店のオーナーの弟さんとやらが経営していた店ではなかったか。
その神田のイトウではじめて聴いたのが、ピアニスト、レッド・ガーランドの『All Morning Long』だった。
時々ふとした拍子に思い出すディスクだが、あいにくCDは持っていない。



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