2026年4月14日火曜日

脳内辞書の劣化現象

 


 これも老化現象の一つなのだろうが、文章がスムーズには書けなくなった。何よりも言葉が出て来ない。脳内の国語辞典が落丁乱丁になっていると思える。ここは名文と呼ばれるものを読んで刺激を与えるのが一番の救急策だろう。そう思って、志賀直哉の短編集『小僧の神様・城の崎にて』(新潮文庫)を借りてきた。

 手始めに「城の崎にて」を読む。吸いこまれるようにして小説世界に入った。


 或朝の事、自分は一疋の蜂が玄関の屋根で死んでいるのを見つけた。足を腹の下にぴったりとつけ、触角はだらしなく顔へたれ下がっていた。他の蜂は一向に冷淡だった。巣の出入りに忙しくその傍を這いまわるが全く拘泥する様子はなかった。


 1つ1つのセンテンスはごく短く、「た。」を終止形として連続していく。黙読していても、頭の中に心地良いリズムが感じられる。まさしく達意の名文。小説の一部だから残念ながら僕の作業に直接の効果はないが、それでも文章はこう書くべきと思わないではいられない。

 志賀直哉の文章にはじめて接したのは小学校5年のときに国語の教科書でだったが、それはトンボを題材にしたエッセイだったと思う。それから68年が過ぎて、今度は蜂を題材にした描写に魅せられたという次第だ。


直哉ではなく直吉さん

 ふと思い出したことがある。

 あれは高校3年の夏だから1964年、上半身裸で家の縁側に寝そべっていると、不意の客があった。その春に就職が決まった岩波書店の人事課の課長で、入社予定者の身元確認と様子伺いでやってきたのだった。名刺を頂戴した。「志賀直吉」とあった。あとで調べると、直哉の息子さん(次男)であった。


 ものの数分雑談を交わしただけで帰っていかれたが、人あたりのいい、いかにも人の良さそうな人物で好感を持った。いい会社に就職が決まったなと思った。

 ただそれだけのことだが、なんだか忘れがたい思い出の1シーンとなっている。入社後は志賀直吉さんと接する機会はなぜかほとんどなかったが、その後常務にまでなられた氏は、2019年に亡くなられたという。


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