『あなたは「豆腐屋の四季」だけで終わるべきでした』という手紙を、後年の読者からいただいたことがある。これほどに直截ではないにしても、同様なニュアンスの読後感となると無数に受け取ってきている。
久しぶりに松下竜一を読んでいる。30巻にわたった著作集「松下竜一 その仕事」のあとがきをまとめた『巻末の記』(河出書房)。上記はその最初にある「四季を綴る」の書き出しの部分だが、これを読んで、50年近く前まで引き戻された。
そう、あれは1976年か77年だった。捕鯨戦争ともいうべきアメリカの現実を考える機会として進めていたイベント、ローリング・ココナツ・レビューの準備会議のとき、仲間のIに松下竜一の名を教えられ、それで手にしたのが『豆腐屋の四季』だった。
「火力発電所建設阻止運動を引っ張る福岡の闘士」というのがIの触れ込みだったが、それは別の著書『暗闇の思想』や『砦に拠る』の松下竜一に見られる人物像であって、『豆腐屋の四季』には全く別の松下竜一がいた。後年の読者からの抗議というのは、その落差から受けるショックに発したものなのだろう。
僕にはそのことがよくわかるのだが、といって「『豆腐屋の四季』だけで終わるべき」だったなどとは全く思わない。人は、時とともに変容するものだ。『豆腐屋の四季』の病弱なために豆腐屋の仕事を投げ出すにいたった青年は、同じく頼りない身体を投げ出すようにして反火力発電所運動に身を投じた。家族を愛し、人を愛し、自然なままの自然を愛する彼の心は、そうであるからこそ社会に亀裂を入れる資本と権力の横暴に抗すべく立ち上がったのだ。
短歌を機軸にした日録
あらためて『豆腐屋の四季』を開いた。うかつにも忘れていたが、これは短歌を機軸にして日録を重ねていった1冊だ。親から豆腐屋を引き継いだ松下竜一は仕事に熟達できず、ともすれば挫けそうになる思いを短歌に託した。その過程からこの本は生まれた。
「冷え深き夜は合羽着て働きぬさわさわと鳴りまつわる音よ
つばらかに由布岳澄みて明けは冷ゆヤッケに着ぶくれ豆腐積み行く
深夜。激しい風がいちだんと深まった冷えを運んできた。私はビニール合羽を着て働く。動くたびにかすかな音がまつわりつく。配達に出る未明、合羽の下にヤッケを着こんだ。ヤッケを着始めると、もう私にとって早い冬が始まるのだ。ひと冬に二着のヤッケを着つぶす」
30巻は無理だが、手元にある松下竜一の本だけでもこれから読み直したいと思う。


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