図書館の文庫本の棚を眺めていて、妙な本に目がとまった。題して『広辞苑をつくるひと』。著者は作家の三浦しをんだが、Amazonで書名、作家名で検索しても、この1冊は出て来ない。それもそのはず、2017年、『広辞苑』第7版の発行を機に発行された非売品だからだ。
『広辞苑』制作に深い関わりをもつ国立国語研究所、大日本印刷、イラストレーター大片忠明・冨田幸光、加藤製函所、牧製本印刷に取材した5章で構成されている。いまから58年前の大昔、僕は発行元である岩波書店の辞典部に所属して『広辞苑』第3版の改訂作業に従事したが、国立国語研究所及び二人のイラストレーターについてはその存在すら知らなかった。おそらくは制作がデジタル化されて以降に関わってきた人たちではないかと思う。
実際、大日本印刷に取材された第2章に顕著だが、日本を代表する国語辞典である『広辞苑』の歴史を振り返ると、もっともドラスティックな変化はやはり制作のデジタル化だったろうと思われる。活版印刷時代の植字、オフセット印刷時代初期の植字に基づく清刷版下は、デジタル化とともに消えた。作業と技術だけでなく、それらに携わった人たちも消えた。そして、その中には僕自身も含まれるのである。
辞典部に在籍したのは1967〜68の2年間だが、その間の僕の仕事は清刷の修正作業だった。清刷というのは植字工によって組み上げられた組版ガレージ(枠)をコート紙に印刷したもので、これを写真製版してオフセット印刷する。と言えば簡単だが、実際には当時の技術の制限もあって、清刷に刷られた文字にはあちこちに微細な欠けがある。これを筆先が極度に細くつくられた筆と墨で修正していくのが僕の仕事だった。光を強く反射するコート紙に目を凝らしての細かい作業は目に著しく影響を及ぼし、僕の視力はその2年の閒に1.8→o.6へと急降下した。診察を受けた眼科医に「仕事を辞めたほうがいい」と忠告されたものだ。
清刷がどれだけの期間使われたものかはあいにく知らないが、修正作業を担当したのはもっぱら女性。男の担当者は、岩波書店の歴史の上でも僕一人ではなかろうか。担当セクションは僕を除いて正社員ではなく嘱託の女性の集まりで、その中の一人と恋に落ちるという余録はあったが、あの仕事はやはり避けて通るべきだったなあといまも思う。
ちなみに、僕は『広辞苑』の執筆者の一人でもある。僕が音楽好き、それもジャズをはじめとするポピュラー音楽好きであることを知った辞典部の誰かから、「ポピュラー音楽関連の項目を書き直してほしい」との依頼があった。言われて第2版の『広辞苑』を開くと、ポピュラー音楽関連の項目が実にひどい。でたらめと言ってもおかしくないものが目立つ。結果、それで新項目を含めて90項目ほどを書くことになった。
いまでも覚えている項目がある。「ブルース」だ。ブルースの項はこう書かれていた。「ブルース ダンス音楽の一つ」
冗談のようだが、本当の話だ。そうして、僕は次のように書き直した。
ブルース【blues】①一九世紀末にアメリカの黒人の間に生れた大衆歌曲。ヨーロッパ音楽にない独特の音階・旋法を用い、三行詩型一二小節が基本型。多くは個人の苦悩や絶望感を即興的に歌った。ジャズの成立にも大きく影響。②社交ダンス用に演奏される四分の四拍子の哀調をおびた曲。
これは現在の『広辞苑』にもそのまま受け継がれているはずだ。
Nさんのデリケートな音楽耳
『広辞苑』改訂のスタッフは7〜8人の校正マンを中心に構成されていたが、その中に定年退職後に嘱託として職場復帰したNという人がいた。クラシック音楽の熱心なファンでオーディオマニア。僕自身その頃はジャズとオーディオに熱中していたから、たまたまデスクが隣り合わせだったこともあってすぐに打ち解けた。それだけでなく、「買ったばかりのレコードプレーヤーがいまひとつ不満で、一度見に来てくれないか」と言われ、仕事が休みのある日、Nさんの自宅へ出向いた。
Nさんには、岩波書店辞典部の嘱託とは別のもう一つの顔があり、東京は世田谷区の幼稚園のオーナーだった。実際に幼稚園の運営をするのは奥様だったが、Nさんの自室は二階建ての幼稚園の園舎の上階。休日だから園児たちの姿はなかったが、2階の窓から見下ろした園庭の風景がいまも目に焼きついている。
コーヒーを1杯頂戴したあと、試聴を開始。プレーヤーはベルトドライブ方式のPioneer PL-41。曲は失念したが、室内楽だったと思う。スピーカーからうっとりするような美しい音が流れた。聴き惚れた。ところが、1曲か1楽章かが終わるやいなや、Nさんは言う。「音程が揺れてるだろう? ワウ・フラッターだよ」
ワウ・フラッターとは回転速度の微妙な狂いだが、僕には感知できなかった。続けて、数枚のレコードを聴いたが、結果は同じだった。結局は、Nさんの聴覚のデリケートさに驚かされただけだった。
耳の病のせいですべての音楽の音程が揺れて聴こえるようになったいま、そのときの驚きが鮮やかに甦ってくる。


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