図書館はWebサイトを利用することが多く、時に内容を勘違いして他館の本を借り出すことがある。
今回間違って借り出したのが、『森まゆみ/昭和ジュークボックス』(旬報社、2003年)。せっかく届けられたものなのでとりあえず読んでみると、なかなかおもしろい。ことに、父親のことがたくさん書かれている点に惹かれるものがあった。その1つが下記。
休みの日に、まったく珍しく父が酔って電話をかけてきた。
「お前、なんで顔見せに来ないんだ。元気でやってるのか。おれはな、七十年近く生きてきてわかったのは人を殺しちゃいけない、というそのことだけだ。わかるか。わかんないだろうな。おれたちは子どものころ、兵隊さんになって人を殺せ、と教わって育ったんだから。そこから脱け出るのに戦後五十年かかったわけだ。おれはお前が心配だ。ええ、どこ行く気なんだよ」
オウム真理教が地下鉄でサリンをまいたあとだった。
娘たちは父親をどう見たか
森まゆみは1954年生まれだが、この世代の娘たちの父親観はなかなか複雑だ。
「顔を合せれば反抗ばかりしていたが、私は父がけっこう好きだ。中学、高校のころ友だちがなぜ、自分の父親をそんなに嫌いなのか、見くびるのかわからなかった。彼女たちにとって、父親は会社にこきつかわれ、時に母親を裏切って浮気し、感性も鈍った“しがないサラリーマン”なのだそうである。父親みたいな人とはぜったいケッコンしたくない、と彼女たちは力説していた」
「けっこう好きだ」という表現が微妙だが、他の娘たちと違ったのは、この人の父がサラリーマンではなく町医者だったからだけではあるまい。妻を大事にし、子煩悩だったという父親の人柄に、やはりかけがえのないものが感じられたのではないか。
父親はクラシックファンだったそうだが、酔うと「スーダラ節」をよく歌ったそうだ。
「ちょいと一杯の つもりで飲んで
いつの間にやら ハシゴ酒
気がつきゃ ホームのベンチでゴロ寝
これじゃ 身体にいいわきゃないよ」
おれはサラリーマンの三倍働いていると自負し、小役人が大嫌いだったという父親は、何を思ってこの歌を歌ったのだろう。酒場で植木等に一度会ったことがあり、「あんなにまじめでいい人みたことない」と言っていたそうだが、だから敬愛こめて真似したというだけでもあるまい。言葉にはならない生きる哀感が、この人を駆り立てていたのではないか。


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