すでに絶版だが、海外ミステリの書き出しの部分だけを集めた本『ミステリの名作書き出し100選』が、2006年に早川書房から出た。自分が訳した1冊の書き出しもその中に含まれていたので覚えているのだが、本そのものはあいにく手元にはない。捨てるはずはないのだが、ブックオフあたりに売り払った中にまぎれてしまったのか。
ちなみに、この本に入れられた訳本の書き出しはこうだ。
「仕事は順調だった」
ジェイムズ・エルロイ作の『レクイエム』。およそ定型を踏み外したような語り口のこの小説にしてはずいぶん平凡な書き出しと見えるが、そうではない。物語全体の水圧がこの一行にかかっているのだ。これについては簡単には説明できないので、作品を読んで確かめてもらうしかない。
司馬遷をめぐる印象的な文言
海外ミステリから大きく範囲を広げると、僕の貧しい読書体験の中にもこれはと思える書き出しがある。その筆頭は、これだろう。
「司馬遷は生き恥さらした男である」
あとには、こう続く。「士人として普通なら生きながえらるはずのない場合に、この男は生き残った。口惜しい、残念至極、情けなや、進退谷(きわ)まった、と知りながら、おめおめと生きていた。腐刑と言い宮刑と言う、耳にするだにけがらわしい、性格まで変るとされた刑罰を受けた後、日中夜身にしみるやるせなさを噛みしめるようにして、生き続けたのである。そして執念深く『史記』を書いていた」
武田泰淳『司馬遷』の書き出し。僕はこの人の作品の忠実な読者ではないが、これには衝撃を受けた。
ところで、ご本尊の司馬遷は、こんな言葉を残している。
「私も、命を惜しむ臆病者ではありますが、去就進退の分は、多少わきまえております。罪せられ、辱ずかしめられて、生きながらえるのが、私の本旨でないことは、申すまでもありますまい。また、奴隷奴婢のたぐいも、なお自害して果てることがあります。まして、進退谷(きわ)まった私が、どうして自害せぬわけがありましょうぞ。隠忍して活きながら、糞土の中に幽せられて、あえて辞せぬ所以は、自己のねがいを果たさぬのを恨み、このままうずもれて、文章が後世に表れぬのを、はずるからであります」(「任安に報ずるの書」)
この2つの文言を読み、対比すると実におもしろい。


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