仕事部屋の机の隅に、牛肉大和煮の缶詰がずっと置いてある。2013年7月10日に川崎貴嗣さん(ほんの4年ほどのつきあいで終わってしまったが、僕の大切な大先輩編集者)が亡くなった直後に買ったものの1つ。ただの缶詰だが、川崎さんにまつわる思い出の品でもある。
川崎さんの自宅は湘南の茅ヶ崎だが、ウィークデイは南林間のワンルームマンションで仕事をしていた。週末だけ茅ヶ崎の家に帰るという生活。いつ頃からそうなったのかは知らないが、僕がしばしば土曜に訪れるようになってからは、週末の茅ヶ崎帰りも崩れたらしい。
南林間の仕事場で牛肉大和煮を
南林間の仕事場へはじめて行ったのは、たしか金曜の夕刻だった。あくまでも仕事上の打ち合わせ。ウェブサイトの構築に関する打ち合わせをしたのではなかったかと思う。打ち合わせは短時間で終わり、やがてなぜか好みの文学作品の話になり、場所を駅前の飲み屋に移してそれが続いた。
その次の機会はすぐにやってきた。今度は、「いいワインをもらった。1人では飲みきれないから、来てくれ」と言われて出かけたのだった。僕は気の利かない人間であって、つまみも何も持っていかなかった。いや、暫時そのことは頭にあったのだが、面倒でやめた。着くと、川崎さんの仕事場にはつまみに適するものはほとんどなかった。苦手だという川崎さんに代わってワインのコルク栓をあけると、さて、どうしようということになった。
それで、川崎さんが出してきたのが、牛肉大和煮の缶詰だったのだ。
飲み始めた。
大和煮を皿にあけ、箸でつまむ。
「うむ、なかなかおつじゃないか」
「白ワインに合いますねえ、存外」
そんな話になった。
これだけのことなのだが、30〜40年ぶりで食べた大和煮はなぜか旨かった。
大和煮はまた、川崎さんとの間の垣根を取り払うきっかけになった気もする。


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