稲葉明雄さんにまつわる思い出の続き。
稲葉さんから早川書房に紹介されてすぐ『ミステリマガジン』の新刊書評を担当することになった。早川刊の本については町に出る前に読むことができるので、まことに嬉しい仕事だった。
書評の仕事を始めて数か月後だったろうか、今度は座談会に呼ばれた。そこで同席した一人が、石田善彦さんだった。
座談会を終えて帰り、一緒に電車に乗り込むと、ミステリの翻訳の話になった。その中でこれが最高という評価になったのが、稲葉訳のレイモンド・チャンドラー「待っている」(創元推理文庫『チャンドラー傑作集〈3〉』所収)だった。
石田さんは読書会なるものを主催されていて、後日、「『待っている』をテーマに君が講師をやってくれないか」との申し出を受けたが、これは遠慮した記憶がある。いずれにしても、「待っている」の稲葉訳についての評価は互いに高かった。
石田さんとはその後は会う機会はなかったのだが、あのとき講師を務めてより親しくなっていればよかったなあという後悔が、あれから50年近く経ったいまもある。
音楽ジャーナリズム→ミステリの翻訳という道筋
石田善彦さんはもともとは音楽誌『新譜ジャーナル』でライターとして活動していた人で、音楽ジャーナリズム→ミステリの翻訳という道筋は、僕と共通している。互いになんとなくウマが合ったのは、そのせいもあったか。
もっとも翻訳者しての石田さんは、僕などとは比較にならない大きな仕事をされた人である。石田さんが手がけたミステリ作家は多数にのぼるが、なかで代表というべきものが『A型の女』に始まる一連のマイクル・Z・リューイン作品だろう。
僕個人の読書体験の上でも、『A型の女』は海外ミステリの世界に関するイメージを一新するような刺激的な作品だった。この作品はいわゆる「ネオ・ハードボイルド」ジャンルを形成する1作として知られているが、それ以上に本格ハードボイルド小説の文学性をひときわ高めた作品という印象が強い。そして、歴史的にもちょっとしたトピックとなるこの1作の訳者が石田さんなのだ。
石田さんとは1990年代以降疎遠になったが、いつ頃だったか、北海道へ移住されたと聞いた。その地でも海外ミステリをテーマにしたサークル活動をされているとも。
2006年10月23日の石田さんの逝去を知ったのも、そのサークルの方が公開しているブログでだった。おそらくはこれが翻訳家としての最後の仕事だったろう、リューインの『眼を開く』がハヤカワ・ミステリの1冊として出た数週間後のことだった。


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