図書館に向かって歩くと、向こうから老人が一人、ややおぼつかない足取りで近づいてくる。すれちがうときに顔を見ると、眼力の強い人だった。いやおうなく川崎貴嗣さんを思い出した。
川崎さんに最後に会ったのは、2013年2月上旬。日本橋某社のウェブサイトの企画会議でのことだった。体調が悪いのはわかっていたが、僕が無理言って出てもらった。ろくでもない意見を思いつきで言うやつに一言ぴしゃっと言ってもらいたかったからだ。
会議は盛り上がらず、誰もたいした発言はしなかった。やれやれと思いながら、川崎さんとルノワールへ行った。
亡くなった北原亞以子の話をひとしきりしたあと、突然、川崎さんが言った。
「読んだかね、今年の芥川賞受賞作。うん、黒田夏子だ」
「いいえ、まだ」
「そう。実は、僕も読んだことは読んだんだが、読み切れなかった。作風が独特でね、最後までついていけなかった」
「へえ。じゃ、今度読んでみましょう」
話はここでとぎれ、場所を蕎麦と酒の店、稲田屋へと移動。ほどなくして、川崎さんがまた言った。
「でもね、今度の芥川賞からひとつだけ、そこからメッセージをもらったよ。70歳でも賞がとれるんだ、と」
ここからは、「凡庸な一生の末尾にどんな句読点が打てるか」という話になった。川崎さんは「芥川賞をとるぞ」という。「きみはどうだ?」と訊かれたが、僕は答えに窮した。
川崎貴嗣さん78歳の死はその5か月後。その間、とうとう会う機会はなかった。いま振り返ると、あれは川崎さんの遺言だったのにちがいない。「おれも死力を尽くしてやるから、おまえも頑張れよ」と。

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