石塚幸一君との思い出をたどっていくと、半世紀前のことがあらためていくつも思い浮かんでくる。
1973年の春〜秋は、風都市オフィスへ行く機会が多かった。9月21日にはっぴいえんどの解散コンサートが予定されており、プロジェクトの一環としてソングブック発行が決まった。その編集を任されたのである。
ソングブックの出来本はいまも手元に残っているが、カラー口絵を含めてA4判128ページの立派な1冊。ページの多くは手書きの歌詞入り楽譜で、楽譜は松任谷正隆が、ひらがなの歌詞は僕が書いた。松任谷君からなかなか楽譜原稿が届かなくて、オフィスで徹夜になったことを思い出す。
ソングブックのカラー口絵ははっぴいえんどの曲の歌詞とイラストレーションで構成されているが、その1つ、「はいからはくち」のページについては一悶着あった。イラストの描き手は林静一。描き下ろしではなく既存の作品を使わせてもらったのだが、実際の編集作業の直前に「事件」があった。ソングブックと同じ時期に制作が進められていたあがた森魚のアルバム『乙女の儚夢』もジャケットイラストは林静一作品だが、その原画を風都市のスタッフが紛失してしまったのである。
どういう経緯でそうなったのかは記憶にないが、「はいからはくち」用のイラストの使用許可を得るための交渉役は僕が引き受けることとなった。当然ながら紛失のお詫びも兼ねてである。風都市のスタッフの一人前島邦昭とともに林画伯の仕事場を訪ね、平蜘蛛のごとく平伏した。
あがた森魚と林静一の縁
あがた森魚は林静一と縁の深い人である。そもそも彼の最初のヒット曲「赤色エレジー」にしてからが、林静一による同題の長編漫画から想を得ている。歌「赤色エレジー」を公の場で歌うにあたっては、事前に直接林静一を訪ねて了解を得たという。
あがた森魚はベルウッドからのデビュー以前にアルバムを自主制作しているが、そのジャケットも林静一の描き下ろしだそうな。
愛は愛とて何になる男一郎まこととて幸子の幸は何処にある男一郎ままよとて
そんなことを頭の隅に置いてあらためて「赤色エレジー」を聴くと、幸子と一郎の物語がより大きくふくらんでくる気がする。


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