冬の都会の情景でいちばん好きなのは、夜の果物屋の明かりである。いくら季節感が薄れたとはいっても、この時期の主役は柑橘類だから、白熱灯に照らされた店頭は温かい橙色に輝く。それがこよなく美しい。
渋谷の事務所に通っていた頃だから40年ほど前、毎日の乗り換え駅である明大前の京王線下りホームのすぐ斜め下に一軒の果物屋があった。いつも老人が一人店番をしていて、夏も冬も入り口の戸は開けはなったまま、小さな椅子に腰を下ろして雑誌か何かを読んでいた。まるで絵本の一場面のようだった。
ことに冬の夜、寒風に吹きさらされながら、ふと目をやる。暗い路地の中、そこだけは明るくて温かくて、何やらほのぼのとした思いでながめた。
その店はもうない。建物はいまもそのまま残っているはずだが、看板はインテリアか何かの事務所に変わっているだろう。例の老人が亡くなったのを機に店じまいしたのではないかと想像してみるが、事実はわからない。
苦境からの出口を照らしてくれた歌
冬の暗がりは、人間の心でいえば「苦境」に相当するだろう。どんな人でも一生というのは山あり谷ありだが、80年近く生きてくればさすがに苦境の二度や三度は経験している。先が全く見えなくて、本当の闇を実感したこともある。
ほぼ30年前、そういう時期に救いの神となってくれたアルバムがある。かつて「ブルースの女王」と呼ばれた、しかし本質的には魅力的なジャズ・シンガーのダイナ・ワシントンがエマーシー・レーベルに残した傑作『DINAH JAMS(ダイナ・ワシントン・ウィズ・クリフォード・ブラウン)』である。
1954年の夏にロサンジェルスのキャピトル・スタジオで行われたおよそ20時間のマラソン・ジャムセッションの一部を記録したこのアルバムは、オリジナルが長らく廃盤になっていたあと、60年代末にクリフォード・ブラウンのアルバムとしてライムライト・レーベルから再発された。ライムライトが消滅してのち、一時期は再び入手困難になったが、いまはまたCDでリリースされている。
それこそ女王様然としたダイナを囲んで10人のジャズマンが「バトル」の名にふさわしいアドリブ・プレイをぶつけ合う典型的なジャムで、マックス・ローチ(彼はたった一人のドラマーとしてこのロング・ジャムを支えた)のドライブ感豊かなリズムに乗せられるようにして、鋭く華やかな音が炸裂する。ブラウンにクラーク・テリー、メイナード・ファーガスン……冒頭の「恋人よ我に帰れ」をはじめ、この3人のトランペッターがしのぎを削るさまが、ことに大きな聴きものだろう。
しかしながら、中心はやはり女王様なのである。特に、3曲が続く2トラック目の最後の「降っても晴れても」。スタンダードが好きな人にはおなじみの曲だが、途中、ダイナが不意に歌声に力をこめると、客席がわっと沸き立ち、声がかかる。オーディオの前で聴いているこちらも同じで、録音から45年もたつというのに、あるいは自分自身の最初の出合いからも早30年以上がたつというのに、いまもって心が熱くなり、ジャムの現場に立ち会っているような昂揚感におそわれる。
Days may be cloudy or sunny
Within or without of the money
But I'm with you always
I'm with you
Come rain or come shine
振り返れば、この歌声があのとき、小さな出口を照らし出してくれたのだった。


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