1週間前、稲毛図書館で見つけて一部分を読んだ『小野好恵/ジャズ最終章』をあらためて取り寄せ、読んだ。まだ全体を読み通したわけではないが、満腹感がある。まさしく充実した読書体験と言っていい。
1998年3月に深夜叢書社から発行された1冊だが、書名の「最終章」が意味深い。発行の2年前6月に著者の小野好恵が物故しているからだが、それだけではない。Ⅰ・Ⅱ章を読めばはっきりつかめるが、これは60年代に時代をリードする祝祭として爆発したジャズが、70年代が進むにつれてそのリアリティを失っていった時代経過の記録だからだ。
「渡邊香津美 あるいはテクニックのアナーキズム」と題された一文の中で著者は言う。「ジャズは死んだ。いや〈ジャズ神話〉は死んだ。この悲痛な認識から始めるしかない。そして、だからこそ〈自由の王国〉だったジャズの蘇生を熱烈に願わずにはいられないのだ」
そう、この本は、ジャズが時代精神の推進力を失っていった経過を記す野辺送りの歌なのである。
60年代後半に日本ジャズを革新した山下洋輔トリオについてのエッセイの中に印象的な記述がひとつある。「この頃は、ジャズ・ジャーナリズムは、彼らを無視しており、少数の優れた批評家である油井正一、相倉久人、平岡正明などが支持したにすぎなかった。しかし、当時、二十歳前後だった私たちは、口コミで山下トリオや阿部薫の素晴らしさを伝えあった。他の領域の表現者には支持者が多かった。たとえば粟津潔は『山下洋輔トリオは、始めからオリジナルだった。すごい連中が登場したと思った』と後に書いている。
しかし、ジャズ・ジャーナリズムの無理解な人々は、彼らの演奏をデタラメだ、これはもはや音楽ではないと非難した。彼らは後にほとんどが評価を変えている。山下トリオがヨーロッパ遠征で圧倒的な成功を収めるとともに」
当時のジャズ・ジャーナリズムの退廃が、この一言に語り尽くされている。
先端的なジャズへの共感の共有
著者の小野好恵さんとは一度だけ同じ場に同席した記憶がある。主役が誰だったかは思い出せないが、東銀座にあったジャズ喫茶「オレオ」でしばしば開かれたレコード解説会の夜だった。主役は白石かずこさんだったかもしれない。
解説会終了後の懇談の中で言葉を交わした。何を話したかはもう覚えていないが、時代を率いる先端的なジャズへの共感を共有できた記憶がある。
小野さんはいわゆるジャズ評論家ではなかったが、平岡正明氏同様、文筆家としてジャズ評論に大きく関わった。先のジャズ・ジャーナリズムとの比較でいえば、外野にあって最もジャズの渦の中心に近くいた人なのだとあらためて思える。
小野さんの死去は1996年6月23日午後3時36分。舌癌を患い、3年間闘病生活を送っての最期だった。入院を拒否し、自宅で迎えた死だったという。

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