生来、整理整頓は苦手である。おまけに、ものをよくなくす。小学校5年のときだったか、学校へ行く途中、教科書代として渡された500円札をなくしたときのショックは、68年が過ぎたいまでも忘れない。
わが輩の辞書には「整理整頓」はある。「管理」もある。だが、実行不能の死語として登録されているのだ。
ここ1週間ほどは、HD中にあったはずのファイルの紛失で右往左往した。
数年前に更新を中断した「20世紀音楽の死物語」をnote上で再構築しようという考えがひらめいて素材を整理していたところ、山下セイジ君による肖像画イラストがあらかたなくなっているのに気づいたことが、そもそもの発端だった。イラストファイルは幸いにも山下君がすべて保存していて、それらを送ってもらってとりあえずは一件落着。と思ったら、3日ほど前、テキストファイルの1つが欠けていることがわかった。グレン・グールドについて書いた一文だ。
わがMacにはバックアップ用を含めてHDが3台つないであるが、検索をかけてもヒットなし。新たに書き起こすしかない、という結論に達して、図書館から参考文献として5冊を借りた。
グレン・グールドという人物
グレン・グールドは「奇矯の人」である。1955年6月、『ゴールドベルク変奏曲』のレコーディングのためにニューヨークを訪れたとき、彼はウールの帽子に厚手のウールのオーヴァーコートとマフラー、両手には同じくウールの手袋といういでたちだったという挿話が広く知られているが、それ以外にも食事のメニューはオレンジ・ジュースとビスケットだったとか、友人との長電話を好んでしたが、自分からはかけても友人がかけてくることは許さなかったとか、変人ぶりには事欠かない。
そんなグールドのキャラクターを、漱石『草枕』を除く4冊はたっぷり再確認させてくれた。
といった次第で、昨日の午後、テキストエディターを起動し、さあ書くぞと画面に向かったのだが、そのとき何となく気になって、HD内の「書類」フォルダをあらためて開いてみた。すると、3階層ほど下に「山下君送付済み」というフォルダがあるのに気づいた。開く……あった、「グレン・グールド Glenn Gould」という名前のテキストファイルが。
どっと疲れを感じたが、気持ちは高揚している。
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