70年代に音楽評論家兼音楽喫茶マネージャーとして活躍した松平維秋にそれこそ小判鮫のようにまとわりつき、どこへ行くにも影のようについてまわるTという男がいた。田園調布近くの大地主の息子で、金には不自由しない。実際、僕がはじめて会ったときも、九段下のフランス料理店で松平氏ともどもご馳走してくれた。そんな人との出会いは、後にも先にもこれ一度きりだ。
そんなTがかなり重度の鬱病患者であると知ったのは、出会いから2〜3年たった頃だったろうか。彼が音楽喫茶に近い形態の喫茶店を始めるというので、オーディオの選定をしたりで密につき合っていた時期だった。2か月ほど連絡が絶えた。その間、彼は入院していたのである。
退院して久々に面会となったとき、病状をいろいろと聞いた。彼にはもともと心的障害があり、子どもの頃から人付き合いがうまくできなかったらしい。大人になって酒を呑むようになると、それに拍車がかかった。生活上何か困難が立ちふさがると、何日も部屋にこもり、酒に逃げる。それも、独身だからひとり酒。アルコールは気分を高揚させる一方、酔いが醒めると、より強い抑鬱や不安が現れる。これを酒鬱というが、Tの場合はそれが極端に激しい症状となって出たのだった。
退院の際には、医師から「ひとり部屋で呑む酒は絶対に止めるように」と厳しくさとされたという。
酒は楽しく呑むべし
かく言う僕も、この十日ほどは酒鬱だった。
意識的にアルコールを絶つ期間を年に1〜2か月つくっているが、それ以外の日々はほぼ毎晩呑む。缶ビールのレギュラー缶1本に日本酒350㏄といった量だから大酒飲みというほどではない。それでも、医者に言わせると、「身体に影響を及ぼさない安全な量」を大幅に超えているという。
この十日ほどはそれを上回る量を呑んだ。呑むのは夕方の5〜6時といったあたりで、寝酒ではない。しかし、誘眠効果がある。それが一番の利点だったのだが、鬱はその翌朝に襲いくる。とにかく、得体の知れない不安にとりつかれ、寂しくて寂しくてたまらなくなるのだ。
6年前に逝ったシンガー鈴木常吉を思い出す。ライブハウスや酒場などでのライブを多数こなし、人と会って呑む機会も多かった常ちゃんだが、実はひとり酒で夜を過ごすことが多かった。当人から聞いたところによると、酒はいつもブラックニッカ。こいつをストレートでやる。それも、ボトル1本を一晩であけてしまうのだ。
彼の生命を縮める要因の1つになったのは間違いないそんな飲み方の是非を、中川五郎と話したことがある。中川君は言った。「ひとり酒は危ない。酒はみんなで集まって、わいわい楽しく呑むものだよ」
さて、今夜から禁酒に入るとするか。


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