2026年1月8日木曜日

痛風友の会⁈

 


 昼過ぎに図書館へ。返却ついでに文庫本の書架を物色、『池波正太郎の銀座日記〔全〕』を取り出して開いた。すると、いきなり「痛風」の2文字が目に飛びこんできた。

 借り出し、家に帰って読む。


 ×月×日

 昨日、突然、左足に痛風の発作。

「あっ……」と、おもったが、薬をのむのが一足遅れてしまい、たちまちに腫れあがる。

 風邪がどうやら癒ったとおもったら、今度は痛風だ。星まわりは悪くなりつつあるのだから、よほど気をつけなくてはいけない。


 この作家の作品はエッセイを含めてたくさん読んできたが、痛風もちとは知らなかった。「四人で四升の酒を一晩でのんだ」と何かに書かれていたが、飲んべえで食通という人物を痛風が襲うのは、当然といえば当然ということになる。いや、当然ではなく必然というべきか。


愛すべきわが痛風の仲間たち

 この正月元旦に届いた年賀状にも「痛風」の文字があった。先輩編集者Mさんからの賀状。Mさんは僕より4つ年上だからいま83歳のはずだが、痛風は人生初の発症だという。

 郵便はまだるっこしいから、すぐにお見舞いのメールを発信した。ほどなく返信があり、「痛風と言いつつも薬を飲んでいれば痛みはないし(もっとも当初は骨折かと思うほど足の指が痛みましたが)、酒量もさほど減らしていません。それよりも年末に行った健康診断で心電図に異常が見られ、来週受けるエコー検査の結果のほうを案じてます」と書かれていた。痛風は軽く済んだが、それより別の深刻な問題があるというわけだ。やれやれ。


 僕自身の痛風体験は、50代後半に始まる。

 呑み仲間にギタリストの本多信介がいて、彼は比較的若い頃からの痛風病み。酒席でよく愚痴を聞かされたが、こちらには馬耳東風。俺には関係ないさと高をくくっていたのだが、痛風は見逃してはくれなかった。

 最初の発症のことは、いまも記憶に深くしみついている。冬の日で、風邪をひき、発熱した。と同時に、左足親指の付け根に猛烈な痛みが生じた。池波正太郎氏は風邪が癒えたあとに痛風と書いているが、こちらは同時発症。立っていることままならず畳の上に倒れ込んだ。そして、それっきり起き上がることができない、立ち上がることができない。


 以来、痛風は2〜3年に一度の確率でやってくる。直近は一昨年8月31日の発症だが、これは凄かった。痛風とは「風に吹かれても痛い」の意味だが、とんでもない。このまま死ぬんじゃないかと思うほどの猛烈な痛みだった。しかも、通常は2週間ほどで治まる痛みは、1ヵ月以上続いた。

 そのときのことを思い出しながら書いたMさんへのメールの件名は、「ようこそ痛風友の会へ」とした。

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