珈琲壱門へ原稿依頼に来た雑誌『MORE』の編集者はまだ若い女性だった。なかなかの美人。Tシャツ姿だった記憶があるから、夏だったろう。集英社を代表する女性誌の一つ『MORE』は1977年5月の創刊。その年の夏のことだったかもしれない。
依頼されたのは、巻頭の1ページのコラム。ごく短い記事なのに、わざわざ自宅近くまで来てくれた。Eメールはもちろん、まだFAXさえなかった頃だから面談依頼は当たり前のことだったが、1ページの記事程度なら電話で済ますことが多かったはずだ。それなのに、著名なライターでもない僕を相手になぜ? いまもって、ちょっとした謎だ。
4000万円を超える赤字イベントの年
1977年は、僕にとって4月に晴海埠頭で「ローリング・ココナツ・レヴュー」を開催した年である。約100名のミュージシャンをアメリカから招き、日本のミュージシャンを加えた総数は150名を超える3日間のビッグ・イベント。客の入りはよかったが、交通費・滞在費がかさみ、結果は4000万円を超える赤字となった。
49年が過ぎた今、そのとき何を書いたのかは全く記憶にないのだが、『MORE』からの依頼はココナツと関連していたかもしれない。
4000万円を超える赤字の大半は泉谷しげるの事務所、パパ・ソングスが背負った。主催側の代表であった僕にも、400万円を超える国際電話料の支払い義務が生じた。裁判になったが、裁判官の手配で示談。3年36ヵ月の分割払いという結論になった。
それからの3年は長かったが、定期収入のある仕事についたほうがいいという弁護士のアドバイスに従って小さな広告代理店でPR誌編集の職につき、毎月の給料からの支払いを続け、なんとかクリア。最後の支払月、結婚したばかりの女房と小躍りして喜び叫んだ夜が忘れられない。
それから46年。僕が老いたのと同じく、雑誌『MORE』もやせ細った。販売部数は激減し、2025年秋、集英社は休刊を発表した。

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